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つなぐNOTE

東日本大震災で全村避難を経験した飯舘村は、ふるさとの再生へ、総力戦で一つひとつの課題に向き合ってきました。その道のりに想いを寄せ、あるいは新たな可能性を見出して、色とりどりの活動を展開してきたのが地域おこし協力隊の皆さんです。

「つなぐNOTE」は、地域おこし協力隊の隊員の皆さんの視点から、それぞれの活動の軌跡と飯舘村での暮らしについてお伝えします。

今回は、企業雇用型地域おこし協力隊として「一般社団法人いいたて結い農園」で働く堀川洋子さんに、協力隊を目指した時のこと、これまでの活動の軌跡、飯舘暮らしの魅力などについて執筆していただきました。

 

堀川さんが地域おこし協力隊になった訳

飯舘村の避難指示が一部を除いて解除された平成29年当時、私は、筑波大学生命環境系の研究員でした。

その頃、飯舘村の農業農村再生に携わる、東京大学の溝口勝先生に出会いました。平成31年の3月、東京大学で開催された農業農村工学会農業農村情報研究部会の勉強会の開会あいさつで、溝口部会長が、東京にいながらリアルタイムで飯舘村の牛の様子を観察できるI C T技術を紹介していました。帰村してすぐに新しい技術にとりくむ飯舘村のバイタリティに驚きを覚えました。

数年が経ち、令和6年の1月、同学会同部会の先進地区視察で、初めて飯舘村を訪れました。役場で職員の方から村の復興の歩みや現状について聞き、困難をプラスに変えていく「開拓の村」の姿に感銘を受けました。それから半年かけて、「飯舘YOITOKO発見!ツアー」や移住検討者向けモニターツアー「ミチシル旅」に参加。視察の際に回り切れなかった場所に、足を運びました。

私は、企業雇用型地域おこし協力隊の面接を受け、10月1日付けで、一般社団法人いいたて結い農園(以下、結い農園)に着任しました。ミッションは、結い農園産の荏胡麻(えごま)やホーリーバジルなどの高付加価値化、マーケティングと販売戦略、加えて、飯舘ブランドや飯舘村全体の持続的発展に資することなどです。

 

荏胡麻にまつわる記憶の掘り起こし

「じゅうねん」とも呼ばれる荏胡麻。食べると十年長生きできるからだという

「一般社団法人いいたて結い農園」は、飯舘村大久保・外内行政区の農家全世帯を社員として、令和2年4月15日に設立されました。避難先から帰村してもっとも必要であったことは、皆が集い、助け合うことができるコミュニティの再生と維持でした。

そこで、高齢者でも取り組みやすい雑穀のうち荏胡麻に着目、皆が定期的に集まって一緒に農業や加工作業ができる場として、結い農園がつくられたのです。今でも村外で避難を続けている人の中には、もっとも人手を必要とする荏胡麻の収穫作業がある10月に、村の畑まで通い続けてくださる人もいます。

飯舘村では、昔から高度成長期の頃かそれ以降まで、荏胡麻はおもてなしの食材や不作(「がす」ともいう)時の非常食として、それぞれの農家の畑で大切に自家栽培され、また、種子が保管されていました。荏胡麻は美しい里山の風景の一部でもありました。

震災復興は、モノや施設などハード面だけでなく、心の復興も大切です。そこで、村民の記憶にのこる荏胡麻にまつわる原風景や思いを再興したく、荏胡麻畑や、荏胡麻が登場する年中行事などの古写真や映像を探しています。結い農園や行政区の皆さまにインタビューをおこなって口承の記録も採集したいです。見出されたストーリーは、荏胡麻を筆頭とする結い農園産品の文化的・歴史的な高付加価値につながると期待しています。

 

荏胡麻と村の産品・場所を繋ぐ

いま、結い農園では、長正増夫代表の発案で、荏胡麻を使った昔ながらのじゅうねんぼたもち(おはぎ)を試作しています。大久保・外内では、春と秋のお彼岸で、それぞれの家庭のレシピでぼたもち(おはぎ)をつくる習慣がありました。それは、家の炊事を切り盛りしていた“おばあちゃんの味”でした。

試作品では、もち米に飯舘村産のあぶくまもちをつかいました。あぶくまもちは、福島県が高冷地向けの品種として開発し、平成21年に品種登録されたもち米です。営農再開後の令和3年、飯舘村あぶくまもち生産組合が設立され、復興のシンボルとしてあぶくまもちの栽培が再開されました。あぶくまもちは、現在、飯舘村でしか生産されておらず、“まぼろしのもち米”と言われています。

結い農園の産品と飯舘ブランドの産品を組み合わせて、飯舘村にしかない名物をつくりあげていければうれしいですね。

 

若者の学びの場になってほしい

私は、大学を卒業して社会人になってから、全国の水資源開発に関わる職に就いたのですが、いろいろな事例をみるうちに、経済的発展だけではなく、開発によって失われたり変化しつつあった水源地の地域文化や歴史をのこし、次世代に継承する必要性を感じました。博物館という場はその一端を担えるのではないかと考え、博物館で働くために必要な国家資格である学芸員資格を取得しました。

博物館は、その社会的役割として、資料の収集・保存、調査研究、展示、教育普及があるとされています。

結い農園には、震災復興について学んだり、実践を担おうと全国各地から大学生が訪れます。彼らは、結い農園の活動拠点である大久保・外内集会所で、代表の長正増夫さんをはじめ、農園の皆さまの経験、見識、未来への思いにじっと耳を傾けます。

集会所の壁には、結い農園のこれまでの足跡を伝える写真が数多く展示されていて、訪れる人たちの理解を助けています。来園者は、集会所近くの農場や作業場などにも足を運んでくださり、途中の里山の風景に感嘆してくれます。農場や作業場では、収穫や産品の商品化等の体験もできます。バーベキューや食事会などの交流会もさかんです。

こうしてみると、結い農園はまるで、見学や体験、交流を通して新たな学び、驚きや感動を提供するフィールドミュージアムそのものなのです。

飯舘村の村内には、ふれ愛館や図図倉庫など、博物館や史料館のような、村の歴史的・文化的情報を発信している文化施設が点在しています。これらの施設と連携して、大学生を始め、子どもから大人まで、その人の好奇心に応じて村内をめぐることができるフィールドトリップを提供することが、任期中に実現させたい私の夢の一つです。

 

暮らして感じる飯舘村のこと

荏胡麻の穂を観察している堀川さん

先日、飯舘村に移住してから、ずっと気になっていた飯舘村大倉行政区にある県営真野ダムと真野発電所まで車を運転して見に行きました。

大倉集会所の近くに建立された「ダムに沈む大倉の里に寄せて」の歌碑も確認しました。作詞家は、大倉に住んでいた元役場職員の渡邊しづえさん(故人)です。

大倉行政区のうちダム湖で沈んだ場所に住居があった世帯は、移転を余儀なくされました。ダムが建設されたのは平成3年ですから、原発事故にかかわる避難も合わせると、人によっては人生で2回、地区外の事情で住み慣れた我が家を離れなければならなかったのです。公共事業とはなにか、考えさせられます。真野ダムのダムサイトに立ち、上流のはやま湖をながめるといろいろな想いがこみ上げます。真野川流域の人々、そして、これからの日本や世界を担っていく若者や子どもたちなどたくさんの人に、是非見ていただきたい風景です。

飯舘村には20の行政区があります。一つ一つがかけがえのない個性を持っています。これからも結い農園を活動拠点としながら、村内を見て歩き、いろいろな人たちの話をうかがいながら、地域文化や歴史にふれて、震災からの復興を推進できる人材になりたいと思っています。

荏胡麻畑にのこる大木の幹にふれる堀川さん

 

飯舘村地域おこし協力隊になろう!

飯舘村は、堀川さんのように村内の募集企業で働く「企業雇用型協力隊」の他「フリーミッション型協力隊」も募集しています。任期はいずれも3年間。募集の詳細については、下記フォームよりお問い合わせください。

つなぐNOTE髙橋洋介さん
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つなぐNOTE#5 寺島翔太さん
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